介護業界におけるM&Aとは?
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要約:介護業界におけるM&A(Mergers and Acquisitions)は、企業の合併・買収を指し、事業拡大や競争力強化を目的とします。特に介護業界では、人手不足・後継者問題の解消、経営基盤の安定、サービスの多角化といった経営課題の解決手段として活用が増加しています。M&Aが活発化する背景には、介護サービス全体の収支差率の減少(令和4年度決算で全サービス平均-0.4%)や、介護事業者の倒産件数が過去最多(2024年に172件)を記録するなど、業界全体の経営環境の悪化があります。さらに、65.2%の事業者が「不足」を訴える深刻な人手不足も要因です。M&Aは売り手側にとって後継者問題の解消や資金獲得、買い手側にとって人材・ノウハウの確保や事業規模拡大といった双方に大きなメリットがあります。企業価値は時価純資産にのれん代(経常利益の2~5年分など)を加味して算出されるのが一般的です。
介護業界におけるM&Aとは?メリットから事例まで詳しく解説
介護事業所を運営していると業界の動向としてM&Aが増加していると耳にするけれど、現状はどのようなものかよくわからないという人はいませんか?
この記事では、介護業界におけるM&Aのメリットから最新事例まで詳しく解説します。

M&Aとは?
M&Aとは「Mergers and Acquisitions」の頭文字を取った言葉で、企業が成長する過程の中で他の企業を合併したり、買収したりすることを指します。
本来事業拡大、利益の増加、競争力の強化などを目的として行われますが、介護業界では以下の目的で行われることが多いでしょう。
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項目 |
売り手の目的 |
買い手の目的 |
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人手不足・後継者問題の解消 |
経営を引き継いで事業を存続させる |
介護人材・利用者を確保する |
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経営基盤の安定 |
赤字のリスクや経営不安から解放される |
エリアの拡大や収益の増加を図る |
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サービスの多角化 |
現状の介護サービスだけではなく他のサービスも提供する |
ワンストップサービスを実現する |
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許認可・資産の引き継ぎ |
許可・設備を有効活用する |
新規参入の手間を省く |
介護業界においては経営課題を解決するための選択肢として、M&Aを活用するケースが増えています。
介護業界においてM&Aが行われる背景
介護業界においてM&Aが行われる背景には、どのようなことがあるのでしょうか。
3つご紹介します。
介護業界全体の収支差率が減少している

画像出典:厚生労働省「令和5年介護事業経営実態調査結果の概要」
2023年に厚生労働省が公表した「令和5年介護事業経営実態調査」において、各介護サービスにおける収支差率を調べたところ、上記画像のような結果となりました。
収支差率とは特定の期間における収入と支出の差を示す指標で、介護サービスの収入額-介護サービスの支出額)/介護サービスの収入額という式で求めることができます。
令和4年度決算と令和3年度決算の収支差率を比較すると、全サービス平均でー0.4%となっており、すべての施設サービスにおいて2%以上減少しているのも目を惹きます。
介護サービス全体の経営状況が悪化していく中、生き残りをかけてM&Aを検討する介護事業者がこれからも増えていくのではないでしょうか。
介護事業者の倒産が増加している

画像出典:株式会社東京商工リサーチ「2024年「介護事業者」倒産が過去最多の172件 「訪問介護」が急増、小規模事業者の淘汰加速」
2024年に株式会社東京商工リサーチが行った「老人福祉・介護事業」の倒産調査において、倒産件数が過去最多の172件だったことがわかりました。
倒産件数が最も多かった介護サービスは訪問介護で81件、次いで通所・短期入所の56件、有料老人ホームの18件という結果が出たのです。
コロナ禍で経営状態が悪化した介護事業所が、物価高や人手不足などでさらにコストがかさみ倒産するといった流れなのは想像に難くありませんが、株式会社東京商工リサーチでは今後もさらにこのような倒産が増えると予想しています。
また個人企業などを含む資本金1,000万円未満の倒産が149件、従業員10人未満の倒産が143件、負債1億円未満の倒産が134件と、小・零細規模の事業所が多く倒産するという結果も出ました。
このことから介護業界においては、経営基盤を安定させるためのM&Aを望む介護事業者が今後少しずつ増えていくことが予想されます。
介護事業者の倒産についてもっと詳しく知りたい方は、次の記事もごらんください。
2024年は過去最多の172件を記録しました。人手不足、利用者からの対価回収の困難さなどによる売上不振、運営コストの上昇
人手不足

画像出典:公益財団法人介護労働安定センター「令和6年度 介護労働実態調査結果」
2024年に公益財団法人介護労働安定センターが行った「令和6年度 介護労働実態調査」の中で介護事業者7,512件を対象に従業員の過不足状況についてたずねたところ、上記画像のような結果が出ました。
全体でみた場合「大いに不足」「不足」「やや不足」と回答した介護事業者の合計が65.2%を占めており、介護業界全体が人手不足であるのが一目でわかる結果となっています。
また職種別の過不足状況では訪問介護の「大いに不足」が29.8%、「不足」が28.3%と他の職種を大幅に上回る結果となっており、在宅介護を支える人材の不足が深刻化しているのがうかがえます。
これらのことから、今後介護業界において人材採用の効率化を目指したM&Aも多数行われるのではないでしょうか。
介護業界でM&Aを行うメリット
介護業界でM&Aを行うメリットを売り手側と買い手側の2つにわけてご紹介します。
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項目 |
概要 |
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売り手側 |
・後継者問題を解消できる ・経営基盤を安定させられる ・まとまった資金を得られる ・従業員の雇用を守れる ・利用者との契約を維持できる ・事業の成長や発展が見込める ・(金融機関の融資を受けていた場合)個人保証や担保が解消される |
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買い手側 |
・人材を確保できる ・事業規模を拡大できる ・経営を効率化できる ・新規エリアに参入できる ・ノウハウや技術を引き継げる ・収益の基盤を強化できる ・自社事業との相乗効果が期待できる ・事業の競争力を高められる |
介護業界でM&Aを行う場合、売り手側と買い手側のどちらの立場に立ったとしても双方にメリットがあるかどうかを十分に検討するのが大切だと言えるでしょう。
介護事業におけるM&Aの現状

画像出典:厚生労働省「介護・障害福祉分野におけるサービス事業者の合併、事業譲渡等」
P5
厚生労働省社会・援護局、老健局、障害保険福祉部が公表した「介護・障害福祉分野におけるサービス事業者の合併、事業譲渡等」の資料の中には、2000年から2023年における介護業界のM&A件数の推移が記載されています。
調査開始の2000年には20数件だったのが2010年代に右肩上がりに増加し、2023年には100件以上行われました。
このことから今後も介護業界のM&A件数は、一定の期間は上昇を続けることが予想されます。

介護事業におけるM&Aの相場
M&Aを行った場合の会社の企業価値は、最終的には売り手と買い手が合意できた金額になりますが双方ともどのような要素で金額が変動するのかを知っておいた方がよいのではないでしょうか。
企業価値は以下の状況により変動します。
・資産や負債の状況
・収益やキャッシュフローの状況
・市場相場の状況
上記の項目から、売り手側としては負債が少なくキャッシュフローが健全な状態の時にM&Aを行う方が高い金額で売れるとわかります。
また中小企業庁が公表している「経営者のための事業承継マニュアル」では、一般的な中小企業の場合、時価純資産にのれん代を加味した評価方法が用いられることが多いとしているのです。
そのため介護事業所も含む中小企業の企業価値は以下の式で算出できます。
・企業価値=時価純資産+のれん代
式の項目別の意味は以下の通りです。
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項目 |
概要 |
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時価純資産 |
・企業が保有する資産を現在の市場価値で評価し、そこから負債を差し引いた純資産のこと ・時価純資産=資産の時価評価額−負債の時価評価額 |
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のれん代 |
・純資産を超える目に見えない価値のこと(ブランド力、知名度、技術力、ノウハウ、特許、顧客リスト、受注残高、顧客エンゲージメントなど) ・M&Aの買い手によって評価額が変わる |
一般的に介護事業のM&Aでは、経常利益の2〜5年分が「のれん代」として上乗せされることが多いでしょう。
そのため、現状の経営が厳しい介護事業所であっても、地域での知名度や顧客エンゲージメントが高い場合は企業価値が上がり、結果として高い金額で売却できる可能性があります。
介護事業のM&Aを失敗しないためのポイント
介護事業のM&Aを失敗しないためのポイントを、売り手側と買い手側の2つにわけてご紹介します。
売り手側が気を付けたいポイント
介護事業のM&Aを失敗しないために、売り手側が気を付けたいポイントは次の通りです。
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項目 |
概要 |
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情報漏洩 |
・従業員や取引先の不安があおられた結果退職や契約打ち切りにつながり、企業価値が下がる ・買い手側に不信感を与えるため交渉が決裂する可能性がある |
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情報隠蔽 |
・帳簿に記載されていない不審なお金の動きがあったり、必要な情報を開示しなかったりといったことで買い手側の不信感をあおり、交渉が決裂する |
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説明不足 |
・経営者が従業員に十分な説明をせずにM&Aを進めた結果、大量の退職者が出て利用者の減少につながり、企業価値が下がる |
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書類や契約の不備 |
・就業規則、賃金の規定、利用者との契約書などに不備があると買い手側からそれを理由に買取価格を減額されてしまう |
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売却直前の赤字転落 |
・利用者数の減少、人手不足、コスト高などの理由で売却直前に赤字へと転落してしまい、買取価格を大幅に減額されてしまう |
売り手と買い手の間の信頼関係を損ねるような行為や、M&Aを行った後にトラブルの発生が予想されるようなことを行うと介護事業のM&Aは失敗してしまいます。
自分の経営に不備がないかを見直し、第三者から見た時に価値のある事業であると思ってもらえる介護事業所にすることが重要です。
買い手側が気を付けたいポイント
介護事業のM&Aを失敗しないために、買い手側が気を付けたいポイントは以下の通りです。
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項目 |
概要 |
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介護業界特有の事業構造や現場運営を理解せずにM&Aに取り掛かる |
・介護保険制度について理解を深めないままM&Aを行ってしまう ・一般企業と同じ感覚で経営を引き継いでしまう |
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補助金返還義務の未確認 |
・介護事業所は建物の建設や設備投資に対し行政から補助金を受けている場合がある ・事業譲渡時に補助金の返還が必要かどうかを確認しておかないと資金繰りが悪化する可能性がある |
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届け出漏れ |
・介護事業のM&Aのやり方によっては地方自治体への届け出や認可変更が必要となり、手続きをしないと営業停止命令を受ける場合がある |
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M&A後における元経営者の位置づけの未決定 |
・M&A完了後も売り手が経営に携わり続け、現場が混乱する場合がある ・顧問契約を期間限定で結ぶなど役割を事前に明文化しておかないとスムーズに経営が移行できない |
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理念のすりあわせ |
・経営のビジョンを売り手とすりあわせ、それを運営方針、従業員の体制、利用者対応にどう生かすかを決めておかないと事業がスムーズに継承できない |
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競合の未確認 |
・競合がいると買収価格が高くなり、本来の企業価値に見合った価格にならない |
介護事業は介護保険制度を基に成り立っているため、買い手としてまずは制度や届け出、認可などについての知識を深めてからM&Aに取り掛かるのが望ましいでしょう。
介護事業におけるM&Aの事例
介護事業におけるM&Aの事例を、異業種からの新規参入事例、既存の介護業者同士の事例にわけてご紹介します。

異業種からの新規参入事例
2025年7月30日に、株式会社ウェルディッシュは連結小会社である株式会社グランドルーフの吸収合併を決定したと公表しました。
このM&Aは、株式会社ウェルディッシュを存続会社とし、株式会社グランドルーフを消滅会社とする吸収合併方式で、2025 年9月2日に行われることとなったのです。
株式会社ウェルディッシュは食品の開発・製造・輸入・販売などを行い、株式会社グランドルーフは卸売業と、福祉施設や医療施設向けに介護用品の卸売やフード提供サービスの運営受託などを行う会社です。
株式会社ウェルディッシュは健康食品の開発や福祉施設向けのレンタル卸売に強みを持っていたため、これらのノウハウを子会社である株式会社グランドルーフで元々活用していたのです。
また株式会社グランドルーフがフード提供サービスを通じて培ってきた介護食・病院食に関するノウハウは、親会社である株式会社ウェルディッシュの商品開発にも生かされていました。
これらの協力関係がベースにあった2社は、事業を行う中で情報共有や理念のすり合わせが自然にできていたため、吸収合併も比較的スムーズに行うことができたのではないでしょうか。
親会社と子会社という関係を生かし、事業で協力してからM&Aを成功させた好事例だと言えるでしょう。
参考:株式会社ウェルディッシュ「連結子会社(株式会社グランドルーフ)の吸収合併(簡易合併・略式合併)に関するお知らせ」

既存の介護業者同士の事例
2024年7月2日に、株式会社ニチイ学館はケアバンク株式会社との事業譲渡契約に基づき、グループホームの運営を2024年7月1日より開始したと発表しました。
株式会社ニチイ学館は医療、介護、保育サービスなどを展開する大手事業者で、ケアバンク株式会社は福井県において認知症対応共同生活介護施設 「さくら園」を運営していました。
株式会社ニチイ学館では、地域におけるサービス提供体制の強化を目的にこの「さくら園」を「ニチイケアセンター糺さくら」に改称して運営を続け、市内にある既存の通所介護や訪問介護事業所とも連携してサービス強化に努めるとしています。
地域の介護ニーズに合わせて、地元に根付いた介護事業をM&Aで受け継いだ好事例だと言えるでしょう。

介護事業のM&Aをお考えなら株式会社プレゼンス・メディカルに
介護事業のM&Aを検討しているなら、株式会社プレゼンス・メディカルにご相談ください。
例えば介護事業所を運営している方がM&Aの売り手側として高い価格で売れる事業所にしたい場合でも、買い手側として買収後に事業の価値を高めていきたい場合でも、職場環境改善は不可欠です。
具体的には以下のような施策で職場環境を改善し、企業価値を高めていきます。
・女性のキャリア継続支援コンサルティング
・勤務時間の柔軟化コンサルティング
・育児、介護支援プログラムの導入
・女性の管理職、リーダー候補向けメンター制度の導入
・ハラスメント防止と心理的安全性の向上
・多様な人材のための採用、定着支援
・多文化共生のためのコミュニケーション・トレーニング
・公正・公平な人事評価制度の再構築
・個々のキャリアパスとスキルアップ支援
・多様性を活かしたチームビルディング
株式会社プレゼンス・メディカルでは性別や国籍に関わらず多様な人材を確保し、協力して働ける職場環境を構築することが介護事業所の人手不足を解消し、企業価値を高めることにもつながると考えているのです。
興味のある方は次のページもごらんください。
「介護・福祉業界の多様な人材が働きやすく満足できる職場へ」結婚、出産、育児といったライフイベントとキャリアを両立が課題
まとめ
介護業界におけるM&Aは、「Mergers and Acquisitions」を意味し、事業成長や競争力強化を目的に行われますが、特に介護分野では人手不足や後継者問題の解消、経営基盤の安定化といった経営課題の解決策として活用されています。M&Aが増加する背景には、厚生労働省の調査にある通り、介護業界全体の収支差率の減少や、2024年に過去最多となる172件の倒産を記録した厳しい経営状況があります。また、介護労働安定センターの調査で65.2%の事業者が人手不足を訴えており、人材確保の効率化もM&Aの大きな動機です。M&Aは売り手・買い手双方にメリットがあり、企業価値は時価純資産にのれん代(ブランド力や知名度、経常利益の2~5年分など)を加味して評価されます。失敗を避けるためには、売り手側は情報漏洩や隠蔽を避け、買い手側は介護保険制度の理解、補助金返還義務の確認、そしてM&A後の理念のすり合わせを徹底することが重要です。介護事業のM&Aは2000年代から増加を続け、2023年には100件を超え、今後もこの傾向は続くと予想されます。
本記事は発表当時のデータに基づき、一般的な意見を提供しております。経営上の具体的な決断は、各々の状況に合わせて深く思案することが求められます。したがって、専門家と話し合いながら適切な決定を下すことを強く推奨します。この記事を基に行った判断により、直接的または間接的な損害が発生した場合でも、我々はその責任を負いかねます。

